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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第2節 手作りの魔力 [18]




「美鶴だって、頼みにくいよね」
「べ、別に」
 同情されたような気がして、美鶴は突っぱねるように返す。
「別に私は聡の気持ちを考えてたワケじゃない。そもそも里奈の気持ちなんて知らなかったワケだし」
 そうだ。だいたい、なんで里奈と聡が会う事にあれほど気を使う必要があったのだろう? 今考えると不思議なくらいだ。里奈はただ聡に礼がしたいと言っていただけだ。あのように他意が含まれていたなどという事情は知らなかった。
 そう言い訳をしてみるが、ツバサに問われると答えられない。
「じゃあ、どうして金本くんに、シロちゃんに会ってって頼んでくれなかったの?」
 まさか美鶴がツバサからの頼みを忘れていたとは思えない。思いたくない。
「やっぱり、金本くんの気持ちを気にしちゃうから、だから言いにくかったんでしょう?」
 そこで少しトーンを落す。
「受け取れない気持ちだけに、さ」
 沈黙が流れる。
「ごめん、やっぱり頼んだ私が悪かった。金本くんの気持ち知ってるのに美鶴に頼むなんて、最低だよね」
 最低だと言った里奈の言葉が耳に響く。ツバサはなぜだか、自分が言われているような気がした。
「別にツバサが謝るような事じゃない。二人を会わせるのに、気を使う方がおかしいんだから」
「うん、でもね」

「私と金本くんを会わせるのは嫌だったのよね?」

 ツバサは、二人を会わせてやりたいと思った。里奈の気持ちなどは知らなかったが、自分にできる事ならなんでもしてやりたいと思った。それは、そうする事が、蔦康煕との昔の仲など気にもしていないという確実な証明にでもなると思ったからかもしれない。それとも、美鶴の住所を教えてやったり、二人を会わせてあげるという約束をまだ果たせていないでいるという現状に対する、後ろめたさからだろうか?
 どちらにしろ、ツバサは二人を会わせてやりたいと思った。聡の気持ちや美鶴の立場などに気を配る余裕も無いほどに。
 それほどに自分は、二人を引き合わせたいと思っていたのか。
 クローゼットの上で、綺麗に包まれた小箱が澄ましている。同じようなものを、里奈も持っているはずだ。金本聡に渡したいと言っていた。
 手作りのチョコレート。
 胸に、圧迫を感じる。
 自分は、シロちゃんと金本くんがくっつけばいいとでも思っていたのだろうか? そうすれば、コウとシロちゃんの仲を気にする必要もなくなるから。
 大きなため息が、携帯を通して相手に伝わる。
「そんなに気にするな」
「そんなに簡単に言わないでよね」
「何もツバサが悪いんじゃない」
 ツバサは視線を落す。
「いや、やっぱり私が悪かったんだと思う」
「どうして?」
「だって」
 口ごもる。
「きっと私、二人がくっつけばいいって、きっと思ってた」
 美鶴にしか言えない。琵琶湖を眺めながら吐露した想いを知っているのは、美鶴だけだから。
「里奈と聡?」
「二人がくっつけば、そうすればもうコウとシロちゃんの事を気にしないで済むもん」
「それは」
「シロちゃんに彼氏が出来れば、そうすればコウとの仲を気にしないで済む」
 コウを信じているはずなのに、やっぱり自分はどこかで疑っているのか。コウは信じていると言ってくれたのに。
「やっぱ私、全然変われていない」
 兄を僻んでいた頃の、幼稚で心の狭い自分。
「やんなっちゃう」
 ゴロンとベッドに仰向けになる。
「ホント、やんなっちゃうよ」
 また、泣いているのだろうか?
 美鶴は気の利いた言葉も見つけられず、電子レンジで暖めた麦茶を啜った。こんな真冬に麦茶を作り置きしている家など、そうは無いだろう。夏に母が特売で大量購入してきたものだ。ペッドボトルのお茶などより安く済む。
 ツバサが醜い人間だとは、美鶴には思えない。むしろ彼女は真っ直ぐで純粋で、青空のように澄んだ人間のように思える。彼女のような人間に翼があったなら、きっと清々しく大空を舞うのだろう。無邪気に飛び回る姿を想像して、お似合いだと思った。
 醜い、汚いだなんて言葉は似合わない。少なくとも、問題から目を背けたり、逃げたり避けたりなんて事はしない。だからきっと悩むのだろう。
 里奈と蔦。二人の仲を疑ってしまうのは決しておかしな事ではないと思う。好きな異性の過去を気にするのは誰にでもある事だ。そこまで潔癖を求める必要は無いはずだとは思うのだが、それでもツバサは気にしている。
 こういうのは気持ちの問題なんだろうから、他人がいくら気にするなと言ったところで、本人が納得できなければどうしようもないんだろうな。
 お兄さんに会えば、少しは悩みが解決するのだろうか?
 夜闇で、何の感情も籠もらない虚ろな瞳を浮かべていた青年。だが、織笠鈴という名を出すと、豹変した。
 ツバサが嫉妬し、憧れもする青年。
「あの」
 美鶴は躊躇いがちに口を開く。
「何?」
 胸の内のもやもやとした感情を振り払うようにツバサは快活に答える。
 健気(けなげ)だと思う。助けてやってもいい、とも、思う。
「アンタさ、前にお兄さんに会いたいって言ってたよね。智論(ちさと)さんに会った時」
「あぁ、うん」
 なぜこんな時にその話題が出てくるのか?
 ワケがわからないといった戸惑いを込めた声に、美鶴は小さく息を吸った。
「あのね、アンタのお兄さん、会ったよ」
 …………
「は?」
「ついこの間。ちょっとだけだけど」
 しばし沈黙。
「え? 何? どういう事?」
 ポカンと口を開き、目も見開き、呆気にとられながら身を乗り出す姿が目の裏に浮かぶ。
「え? お兄ちゃんに、会った?」
「うん」
「ど、ど、どうして」
 混乱してうまく言葉が出てこない。
「どうしてよっ!」
 ようやく叫び声をあげたツバサに、美鶴はなぜだか少しだけ胸がホッとするのを感じた。







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